マダガスカル・バニラで挑戦!~アグロフォレストリーでつなぐ日本とアフリカ第3回 マダガスカル・バニラの裏事情~価格変動から見える問題点

2024年06月17日グローバルネット2024年6月号

合同会社Co・En Corporation 代表
武末 克久(たけすえ かつひさ)

●ついに来た価格の暴落

「グリーンバニラに価格がつかない…」

2023年8月、2017〜2018年の急騰以来高値を維持してきたマダガスカルのバニラの価格が、目の前でものの見事に崩壊していました。2023年のバニラ市場では例外が続きました。例年だと6月下旬〜7月にかけて解禁されるグリーンバニラ(加工される前のバニラの実。本ページ上、タイトル左側の細長い実の写真)の取引が8月に入っても解禁されませんでした。解禁前はグリーンバニラの売買や地域外への輸送が禁止されます。価格の低迷だけではなく取引開始時期が遅れることで、予定していた収入が得られずに困惑する生産者たち。政治に翻弄される様子を目の当たりにしました。

2023年5月、マダガスカル政府はバニラ輸出の際の最低価格の規制を撤廃しました。それまでこの規制のために高値を維持していたマダガスカル産バニラの輸出価格が、これをきっかけに下がり始めます。2023年8月、そんな中でグリーンバニラの取引が開始されました。伝わってくる価格は桁を間違えているのかと耳を疑うほど安価でした。ちょうど現地にいた私は、直接取引をしているアドバンテージを生かし、できるだけ高値でグリーンバニラを購入しました。当時の一般的な価格の2〜3倍、場合によっては10倍近い価格で買えたと思います。

ここだけを切り取ると、一見、規制の撤廃が価格の暴落ひいては生産者の困窮につながったように見えるかもしれません。しかし、実際はそう単純ではありません。そのことをお伝えするために、価格が高騰した理由から振り返ります。

●価格高騰の理由

バニラの価格高騰の原因を私は次のように考えています。一つは、サイクロンの影響です。2017年初めにマダガスカルに上陸したサイクロンがバニラの生産地に大きな被害をもたらしました。これによって生産量が3割ほど減ったとの報道もあります。バニラは実をつけるようになるまでに3年かかるので、3年間は収穫量が減るということです。供給量が減ることで価格は上昇します。とはいえ、2017年の価格は前年のおよそ5倍にまで達しています。高騰の理由をこれだけでは説明しきれません。

次に考えられるのは、化学調味料・添加物への消費者の反発です。消費者の声を受けて、欧米の大手企業が軒並み化学合成された調味料や添加物をゼロにすることを宣言しました。2016年ごろのことです。バニラの香りのほとんどは化学合成された人工香料ですので、この宣言から、天然バニラの需要が高まると予想した人は多かったと思います。つまり、供給減と需要急増(との予測)が同じタイミングで来てしまったことが、価格高騰の引き金になったと考えます。加えて、マダガスカル現地では、国際取引が禁止されているローズウッド(希少な樹種)の違法取引によって得たお金をバニラでロンダリングしているといううわさがまことしやかに語られていました。このような裏のお金も多く流入したと思われます。

2018年にピークを迎えたバニラの価格ですが、その後急落することなく高値を維持しました。それは実は、引き続き需要が高く売り手市場が続いたからではありません。2019年以降マダガスカル政府が輸出の際の最低価格を設定していました。つまり、輸出業者はその価格よりも安く販売することができなかったのです。この政策は一見、バニラの生産者の収入を高いレベルで維持するために良く機能しているようにも見えました。また、バニラが重要な輸出産業であるマダガスカルにとって、バニラの値崩れは国の財政に大きな影響を与えます。それを防ぐという意味でも賢明なものに見えました。しかし実情は必ずしもそうではありませんでした。

●政府による介入の是非

まず、生産者にとってバニラの価格が高値で推移した期間、それによって収入が激増した生産者は確かに多くいました。新しい家を建てたとか車を買ったという話をよく耳にしました。一方で、盗難に苦しんだ人も少なくありませんでした。盗難の規模がとにかくすごかったのです。生産者と話をしたときに、農園の半分、多い人ではほとんどのバニラを盗まれた…といった話を何度も聞きました。生産者にとって経済的にも精神的にも大きなダメージです。生産者たちは自衛団を組織するなどして対策していました。また、バニラの実が成熟する前に収穫をしてしまう生産者も多かったようです。そのため、マダガスカル産バニラの質が落ちたともささやかれていました。いずれにしても、それほど大量の盗難されたバニラが目に見えないルートで加工業者に渡り、加工され輸出されていたのだと思います。私が目にした取引所でのグリーンバニラの価格は確かに高価でした。でも一方で、そうではない価格で取引されたグリーンバニラも相当量あったはずです。

もう一つの大きな問題は、この最低価格がちゃんと守られていなかったことです。法をすり抜けて、規定された価格よりも安く売り買いしていた企業がありました。そこにはバニラだけではなく汚職の香りもします。証拠がないので言い切ることはできませんが、公然とそのようなうわさが語られていますし、何よりも、日本で販売されているマダガスカル産とうたわれているバニラの中には、最低価格が守られていたならばあり得ない価格で取引されているものもありました。弊社や弊社のサプライヤーのように、フェアトレードや法令遵守を是とする企業にとって、この状況はとてもアンフェアでやりにくい状況でした。

このようなことから、マダガスカル政府の政策が上策であったとは思いませんし、このような政府の市場への介入は基本的にない方が良いと思っています。

結果から見てもそれはやはり明らかです。2020年ごろからマダガスカル国内ではバニラの在庫がだぶついているといわれていました。早晩価格が崩れるだろうと多くの人が予想していたのです。そしてついにその時が来てしまったというのが2023年だったのです。

バニラ栽培への想いや期待を語る生産者の親子。アグロフォレストリーの農園にて

●マダガスカル・バニラは変われるか?

マダガスカル産バニラは、「マダガスカル産」というだけで高品質で高級だというイメージが定着しています。日本でも「マダガスカル産バニラ使用」という文字をアイスやプリンなどのお菓子のパッケージに見ることがあります。高級な素材を使っているという印象を持たせようとしているのでしょう。世界のバニラ生産量のうちマダガスカルが4割ほどを占めますが、価格ベースでは8割ともいわれます。日本に至っては輸入するバニラの9割以上がマダガスカル産です。

このように世界のバニラ産業をリードするマダガスカルですが大きな課題を抱えてもいます。盗難やコレクターによる買いたたきを抱える不透明なサプライチェーン。汚職。前述の通りお伝えしてきた問題に加え、児童労働や生産者の貧困もバニラ産業が抱える問題としてよく取り上げられます。

これに対して、欧米の政府、NGO、大手メーカーによる支援も行われています。トレーサビリティの透明性やフェアトレード、オーガニック認証を求める欧米企業からの圧力も増しています。バニラの価格を安定させようとする産業界のイニシアティブも立ち上がり、状況が良い方向に変わってきていると感じることもあります。この先、マダガスカルのバニラ産業がどのように変わっていくのか。その渦中で渦にのまれて沈まぬよううまくかじを取りながら行く末を見ていきたいと思います。

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