どうなる? これからの世界の食料と農業第12回 韓国における親環境無償給食のいま(1)委託給食から普遍的無償給食へ

2024年06月17日グローバルネット2024年6月号

京都大学大学院農学研究科研究員(非常勤)
山本 奈美(やまもと なみ)

近年、学校給食に有機食材を取り入れようという市民発の動きが日本各地で活発化し、学校給食の食材の一部に有機の農産物を導入する自治体も増えつつあります。この「有機学校給食」に関心のある人びとの間で脚光を浴びているのが、韓国の取り組みです。韓国では、「親環境(環境にやさしい)無償給食」と呼ばれる、有機もしくは無農薬の農産物を食材の中心とする給食を、無償で、全国の保育所(幼稚園)から高校までの子どもたちに提供しています。世界でも先進的な普遍的かつ無償の有機給食を、農業と食の課題が日本と類似する隣国が実現している―その経験に学びたいと、勉強会や韓国訪問などが企画され、給食を軸とした日韓市民交流が盛んになっています。

筆者もその動きに参画し、2024年5月中旬に、韓国の有機給食に対する取り組みの中でも特に先進的といえる、京畿道華城市(以下、ファソン市)を訪問し、親環境無償給食の現場と運営を担う人びとの話を聞いてきました。4日間の短い滞在で焦点を当てたのは、100万人都市であるファソン市で有機無償給食を実現し、維持運営するための仕組み、です。市内すべての学校での無償の有機給食は、どのような「仕組み」の下で可能になっているのでしょうか?

本報告では、ファソン市親環境無償給食の運営現場訪問時に得た内容に加えて、既存の日本語や英語による資料や論文を参照し、この取り組みの意義を持続可能なフードシステム構築という世界的文脈から考察します(全3回)。第1回(今回)では、親環境給食誕生前夜としての韓国の給食の歴史を簡潔にひも解いた上で、親環境無償給食の現在を概観します。

●韓国の学校給食の歴史:委託による拡大と問題

韓国の学校給食は朝鮮戦争後の1953年、困窮児童に対するユニセフによる食料援助に始まります。それ以降、長い間飢餓の克服が課題とされた韓国でしたが、1977年の給食での大規模食中毒をきっかけに、食の安全が課題となります。援助されたスキムミルクと小麦で製造されたクリームパンにより8,000人弱の生徒が嘔吐と下痢の症状を訴え、800人弱が入院したのです。安全と信じていた給食で起こった食中毒に、多くの保護者は政府に対する信頼を失いました。その結果、1981年には、97%以上の児童生徒が弁当を持参していたといいます

このような文脈において1981年、「児童生徒の健康的な成長を促し、国民の食生活を改善する」とうたう学校給食法が制定されました。制定当時、全体で2.8%に過ぎなかった給食利用率は、1990年代に急拡大します。例えば、小学校では1992年には11.3%だったのが、1998年には99.2%にまで増加しました。それを可能にしたのは、1996年に導入された民間業者への業務委託だったのです。

業務委託による給食運営とは、「給食施設の設置から献立、調理、配食等すべての過程を民間業者に委託し実施する」ことです。その問題は、公的予算の不投入により民間業者の利益追求と経費削減が優先され、品質が犠牲にされたことでした。味や栄養は多くの生徒にとって不満足なもので、給食よりおいしいとインスタントカップラーメンを購入して食べる生徒もいたそうです。衛生管理もずさんで、毎年大規模食中毒が発生し、1996年には、給食は食中毒事件の19.4%、1998年には30.3%、2001年には70%を占めるほどでした。保護者にとっての利点は家庭での料理時間の短縮のみで、委託給食ではなく家庭で調理した昼食を持参させるようプレッシャーを受けたのは、親たち、特に母親たちでした。政府は衛生基準を設置して改善を促すも、状況は変わりませんでした。

●保護者と農民の協働

このような状況の下、立ち上がったのが、保護者を中心とした市民たちでした。そして保護者は農民運動と出会います。食生活の西欧化と農産物の自由化は韓国の食卓の輸入農産物への依存を高め、その結果、農村と農業は衰退し、農民たちは農業で生計を立てることが困難な状況に直面していました。この状況に、地域農業の活性化を目的に「学校給食に地域産農産物の使用原則の制度化運動」を展開していた農民たちと、学校の民主化とともに学校給食の改善を求めていた保護者たちの目的が一致したのです。韓国で広まっていた「身土不二」の概念も後押ししました。

この文脈で2001年、保護者や農民団体、市民団体が参画する「学校給食法改正運動」が結成され、「学校給食において国や地方自治体の役割を強化し、安全な国産食材を使用し、国内の食糧需給安定をもたらしうる方向」への改正を求める運動へと発展しました。署名活動などを経て、2006年には学校給食法が改正され、原則直営方式、国産農産物の利用、無償給食の拡大が追加されました

給食運動は全国規模で広がり、2010年には、2,200の市民団体が結集して「親環境無償給食草の根国民連帯」が発足し、無償給食の公約化を推進する政策キャンペーンが展開されます。運動のスローガンは「子どもたちに健康を!我ら農業に希望を!!」。学校給食は、農業者を支援するとともに農業を活性化させ、子どもたちに健康的な食を提供するためのツールであり資源であると捉えられているのです。この機運を受けて、無償給食は2000年代半ばに小規模自治体で導入され始めます。そんな折、大きな転機が2011年、ソウル特別市での無償給食擁護派市長の当選により訪れます。当選直後に同市で導入された小学校での普遍的無償給食の実施により、運動はさらに勢いづきました。

継続的かつ揺るぎない市民運動の結果、2021年には韓国全土のすべての小・中・高・特殊学校(合計約12,000校、100%)で親環境無償給食が提供され、合計約534万人の児童生徒(全体の99.9%)がその恩恵を受けています。なお、2022年には幼稚園にまで拡大しています⑥⑦

なお、ここで注目したいのは3点です。第一に、給食運動で目指されたのが普遍的無償化だという点です。特に保守派の政治家は、一部の困窮世帯の児童生徒にのみ給食費の補助をすべきだという一部無償化を主張していました。しかし市民運動は、給食費補助を受ける子どもたちにスティグマ(負の烙印)を与えると一部無償化に反対し、世帯の経済事情を問わない普遍的無償給食を公約に掲げる政治家の当選運動を行い、政策的に実現させてきたのです。第二に、原則学校直営方式と定めたことです。各学校に栄養教師と調理員を置き、併設の調理室で当日調理された温かい昼食が提供されます。第三が、親環境農産物の導入は、段階的な実現が目指されている点です。韓国農業の現状では、親環境農産物ですべての給食食材を賄えないため、食材調達には優先順位が各自治体で設けられています。例えばファソン市では、まずは地域の親環境農産物を、入手できなければ地域の優良農産物、次に地域外の親環境、優良農産物へと調達範囲を広げ、多様なメニューを実現しています。そのため、給食食材における親環境農産物が占める割合は自治体により異なり、97.7%(全羅南道)と高い自治体から数%の低い自治体までさまざまで、ソウルでは68.0%です(2019年度)

このように、市民運動が親環境無償給食を実現させてから10年以上経過しています。次回は、ファソン市の具体的事例をひも解きながら、すでに制度化している実践と仕組みを考察していきたいと思います。

<参考文献>
藤澤宏樹(2017)『韓国における無償学校給食の現状と課題』
Gaddis JE and Jeon J(2020)Sustainability transitions in agri-food systems: insights from South Korea’s universal free, eco-friendly school lunch program. Agriculture and Human Values 37(4): 1055–1071.
鄭成玉(n.d)『ソウル市の親環境無償給食と都農相生公共給食』
姜乃榮(2022)『韓国の無償給食はなぜ実現できることになったのか?』2022年7月15日報告資料
韓国では、出身地の食文化と食材の利用が人間の健康、自然環境の保全、生活の安定・向上にもつながる、と解釈される(櫻井清一・霜浦森平(2008)「韓国における身土不二運動の展開」農畜産業振興機構)
李璸琶(2023)『小さな民主主義 親環境無償給食』2023年報告資料
ソウル市の親環境無償給食導入に関しては大江正章(2020)『有機農業のチカラ』に詳しい。

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