どうなる? これからの世界の食料と農業第4回 国連生物多様性条約(COP15)と持続可能な農業・アグロエコロジーへの注目

2023年02月15日グローバルネット2023年2月号

農家ジャーナリスト、NPO法人AMネット代表理事
松平 尚也(まつだいら なおや)

昨年12月7日から19日まで、国連生物多様性条約第15回締約国会議(以下、COP15)が、カナダのモントリオールにおいて開催された。同会議は、生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用、そして遺伝資源の利用から生まれる利益の公正かつ衡平な配分を実現することを目的として1994年から開催されている会合だ。

新たな枠組みである「昆明・モントリオール生物多様性枠組」(以下、新枠組)では、食料・農業関連については、陸と海のそれぞれ30%以上を保護・保全すること、食料安全保障を考慮した総合的病害虫管理等による農薬リスクの半減、農業の持続的な管理に関する目標等が盛り込まれた。

●工業的農業の問題とアグロエコロジーへの注目

生物多様性に関する議論としてCOP15を契機に注目されているのが、工業的農業への批判と対になったアグロエコロジーだ。COP15では、新枠組達成のために4つのゴールと23のターゲットが設定された。ターゲット10では、農業の持続的な管理におけるアグロエコロジーについての言及がなされている。そこでは農業が営まれる地域が、「持続可能な集約化やアグロエコロジー等の革新的なアプローチ等生物多様性に配慮した活動の適用の大幅な増加、特に生物多様性の持続可能な利用を通じて、持続可能な方法で管理されることを確保する」と述べられ、アグロエコロジーが革新的アプローチの一つとして認識されていることがうかがえる。

大規模で近代的な工業的農業は、より安い食料と高い収穫量を求めて、生態系や人間の健康への悪影響を考慮することなく、作物や動物(畜産)の栽培・飼育を集約的、工業的に行ってきた。批判の的となっているのは、肥料と農薬の集中的な使用が土壌を劣化させ、昆虫やその他の動物の個体数を減少させ、河川を汚染し、水資源の過剰利用を行ってきたという点だ。

工業的農業が展開する農場は、野生生物の生息地域にまで拡大し、アマゾンのような地球生態系にとって重要な地域でも壊滅的な森林破壊を引き起こしてきた。農業の拡大は、世界の森林破壊の80%を占めており、単作や自然環境を無視した激しい耕耘などの持続不可能な工業的農業の慣行も、生物多様性の破壊を急速に進める原因となっている。

食料・農業システムは、自然や生物多様性が直面している危機の中心にあるものの、解決策にもなり得る。生物多様性の損失、気候変動、食料主権・安全保障という相互に絡み合った課題に対し、作物の収穫量重視ばかりではなく、多様で強靭な、自然に優しい食料システムを目指すことは、農業における生物多様性の保全能力を根本的に向上させる可能性がある。

COP15の新枠組でも示された通り、生物多様性の損失を食い止めることが世界の緊急の課題となっている。その中で生物多様性の保全と農業の持続の双方を可能にする方向性として国際的に注目されているのがアグロエコロジーという考え方だ。

アグロエコロジーとは、生態学的に健全で、経済的に実行可能で、社会的に公正な食料システムを目指し、科学と研究、技術と実践、伝統的な知識、そして社会変革のための運動を統合することを目指す※1。アグロエコロジーはまた、学際的で、参加型で、行動指向で、政治的に関与した食料システムの変革とも紹介される。

またアグエコロジーは、温室効果ガスの削減、気候変動への適応、生物多様性の回復に貢献し、先住民の権利をサポートする方法として、国連の主要機関によって認識されつつある。さらに市民社会が新枠組への導入を提言してきたことが、ターゲットでのアグロエコロジーという文言の明記につながった。

アグロエコロジーのような生態系と生物多様性を保全する、より良い食料システムへの移行を支援するためには、より多くの対策が必要とされる。世界では現在、生物多様性を破壊しがちな工業的農業に対して多くの農業補助金が投入されている。その全体の補助額は、年間1兆8,000億ドル以上に上っているとされる。こうした補助金は、段階的に生物多様性と気候変動に配慮した食料システムやアグロエコロジーに向けて投入されていく必要がある。それなしには世界の食料・農業分野における生物多様性保全のための根本的な対策を取ることは難しいといえるだろう。

COP15ではさまざまな市民・農民団体がアグロエコロジーについて提言した ⓒBiovision Foundation

●生物多様性とアグロエコロジー

では生物多様性保全とアグロエコロジーは、具体的にどのようなつながりを持っているのだろうか。その関係性を説明する一例が次に紹介する、持続可能な食料システムに関する国際専門家パネル(IPES-Food)が発表した報告書「アグロエコロジーによる生物多様性の保全と回復」※2である。以下では同報告書が述べる双方の具体的な関係を抜粋する。

  • アグロエコロジーは、植物や動物の多様性を活用し、受粉、土壌の健康、生産性、低資源利用、社会的価値を促進する。
  • アグロエコロジー的な農法の特徴である間作や混作、作物-家畜統合システム、輪作は、持続可能で効率的な天然資源の利用を可能にし、単一農法に比べ単位面積当たりの生産量を増加させる。
  • 間作は、集約的な単一栽培よりも単位面積当たりの収量を16~29%増加させ、肥料の使用量を19~36%削減することができる。
  • 異なる地域の172の研究をレビューしたところ、農場での生物多様性は一貫して異常気象に対する回復力に寄与していることがわかった。
  • 作物の多様性を高めることは、14 の低・中所得国において、食事の多様性と質にプラスの影響を与えることが示されている。
  • アグロエコロジーの実践は、集約的な土地利用を特徴とする地域において、生物多様性の改善に特に有益であることが証明されている。
  • アグロエコロジーは、生物多様性への負の影響を最小限に抑え、生産性を向上させる。
  • 多様なアグロエコロジーの農場における実践は、生物多様性のために農場内の生息地を提供する。その実践は、周囲の景観に有益な波及効果をもたらす。
  • 作物の多様化により、野生種の生物多様性は24%増加し、作物生産は14%増加する。

地球上の居住可能な土地の半分が農業に利用されており、農業が生物多様性にもたらす可能性は非常に大きい。その中でアグロエコロジーは、生産と消費への全体的なアプローチを可能にし、農業における生態系のサイクルを統合し、より大きな生態系と地域文化の中での農業の役割を考慮する。

アグロエコロジーが工業的農業と異なるのは、参加型そしてボトムアップで状況に応じたプロセスを基本とし、地域の問題に対して地域での解決策を提供することだ。その解決策では、社会的価値や文化的伝統を優先させながら、科学的知識の活用が目指される。

植物や動物の種の多様性を利用することで、アグロエコロジーは生態系サービスをも向上させる。その実践は、土壌の健全性を再生することで炭素排出を軽減し、多様な作物・家畜種によって回復力を生み出し、農薬や化学肥料の使用を減らすことで生態系の健全性を維持するものでもある。多様性を活用することで、アグロエコロジーは生態系とそれを利用する人びとを支え、持続可能な農業の展開そして生物多様性の保全に寄与するといえるのである。日本でもこうしたアグロエコロジーと生物多様性の関係性に注目した議論を活発化させる必要があるといえるだろう。

※ 1 カリフォルニア大学サンタクルーズ校アグロエコロジーセンターによる定義を参照した。
※ 2  “Preserving and Restoring Biodiversity through Agroecology”, COP15 Info-Sheet, 2022, IPES-Food.

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