どうなる? これからの世界の食料と農業第8回 有機農業「先進地」 カリフォルニアの現状と課題 ~有機スプリングミックスの光と影(3)

2023年10月13日グローバルネット2023年10月号

京都大学大学院 農学研究科 研究員(非常勤)
山本 奈美(やまもと なみ)

前回(本誌8月号)では、「工業化された」有機スプリングミックスの現状を確認した。今回は、農業の工業化がもたらした消費への影響を考察し、日本に暮らす私たちへの示唆について論じたい。

●スプリングミックスの商品化

1980年代にはスペシャルティ農産物に過ぎなかったスプリングミックスを、一般市場向けの「商品」に発展させたのはMyraとDrew Goodman夫妻だといわれる。マンハッタン出身の夫妻は、ベイエリアの大学卒業後の1984年、1年間のつもりで有機農場「アースバウンドファーム(以下、EBF)」を始めた。EBFのビジネスはベビーリーフの袋詰めで軌道に乗り、数十年後には、有機スプリングミックスを含めた100種類以上の有機農産加工品を生産し、全米中の7割以上の大手小売企業に卸し、有機パッケージ(袋詰め)サラダ市場で55%の占有率を持つ企業へと成長した。

現在、EBFが調達する150の契約農場の総面積は3万エーカー強(約1万2,140ha、東京ドーム約2,608個分)である。ベビーリーフを1年のうち9ヵ月間栽培できるサリーナス地域からの調達は全体の約60%で、晩秋から冬にかけては、カリフォルニア州(以下、加州)南東部のインペリアル郡、アリゾナ州ユマ郡、メキシコ北部といった「砂漠地帯」で生産される。すなわち、大規模栽培に加えて、郡や州、さらには国をまたいだ「産地リレー」が周年供給を可能にしているのである。

●スプリングミックスの前段階としてのレタス産業

スプリングミックス産業の成功は、既存のレタス産業に負っている。レタス産業の成長と共に発展してきた物流インフラが、この産業の大規模化と長距離輸送を可能にしたからである。

加州は米国の(そして世界の)「サラダボウル」と呼ばれ、レタスの全米消費量の約7割を生産する。その中でも、モントレー郡(サリーナス地域を含む)は加州産レタスの半分以上を生産しており、レタス生産の中心地である。しかし、季節限定野菜であったレタスが全米展開の農業ビジネスとして発展したのは、近年のことである。20世紀初め、加州のレタス生産は非常に限定的で、生産面積は596エーカー(約241ha)と全米の11%を占めるに過ぎなかった。その後数十年で激増し、1930年には全米生産面積の50%に相当する11万2,000エーカー(約4.5万ha)と188倍に拡大した。その後も増え続け、2011年には同73%に相当する20万6,000エーカー(約8.3万ha)で生産される。レタス生産の拡大は、加州での生産拡大であったといっても過言ではない。

この生産の拡大をけん引したのは、コールドチェーン(低温物流体系)の発達である。加えて、アイスバーグレタスという冷凍に近い低温管理でもダメージが少なく鮮度を保持できる品種の開発も手伝って、加州産レタスは米国の西から東まで低温管理下での輸送が可能になった。真冬に葉野菜の生産が困難な東海岸の地域でも、一年中緑に輝くレタスが食料品店の棚に並ぶようになったのである。多くのアグリビジネスが参入し、レタスは「グリーンゴールド」と呼ばれるようになった。真冬にも緑に輝くレタスを表現するとともに、ゴールドラッシュに沸いた加州における新しい巨額の富をもたらすビジネスの到来の意も兼ねる。

生産と流通の拡大は、消費の増大との二人三脚であった。1930年代に冷蔵庫が一般家庭に普及し始めたこともあり、1919年には1人あたり4.1ポンド(約1.9㎏)に過ぎなかったレタスの年間消費量が、1950年代半ばには14ポンド(約6.4㎏)に増大した。現在は多い年で30ポンド(約13.6㎏)が消費される。冬は地元産の根菜が食卓に上った地域でも、加州産レタスが年中手に入るようになり、レタスが野菜消費の首位を占めるようになった。地元産の野菜は、農場から食卓までの約5,000kmの距離を輸送されてくるレタスに置き換わったといえる。

●近くの有機農業、遠くのビッグオーガニック

地元産が遠方で生産された野菜に置き換わるという現象は、有機農業にも起こっている。「有機農業大国」である加州は、前回までに見てきた工業化した有機農業、すなわち「ビッグオーガニック」により、全米で生産される有機野菜の66%、有機栽培レタスの76.1%を生産する(なお、第2位のアリゾナ州は16.2%を生産し、加州とアリゾナで約93%を占める)(USDA 2011年データ)。レタスの一大産地であるサリーナス地域は、全米最大、おそらく世界最大の有機スプリングミックスの産地でもある。この地域で生産されたレタスやスプリングミックスは、全米各地に加えて、日本を含めた海外へも届けられている。有機スプリングミックスは今や世界中のスーパーで年中手に入る商品となり、生産地から遠い地域の消費者でも日常的に入手しやすくなった。

これは、私たちが口にする食べ物が、近隣地域で生産された野菜から、加州産スプリングミックスに置き換わっていることを意味する。もっと具体的にいえば、地域産業に落ちていたお金が、加州の巨大アグリビジネスの利益に置き換わったということになる。産地の米国でも数世代前まではほぼ食卓に上ることなく、日本に至ってはつい最近まで知られなかった野菜は、環境負荷と地域農業の衰退という次世代への「付け」をもたらしながら、日々食卓に上り、消費されている。

ビッグオーガニックに対しては、賛否両論ある。賛成論としては、EBFの創立者を含めたビッグオーガニックの推進者の主張で、大規模でも小規模でも有機は有機、この規模の土地で農薬が使用され「ない」だけでも大きな前進で、多くの人が日常の食料品を購入する大手スーパーの棚に並び、手に取りやすい価格で提供できることが重要だといった意見である。逆に反対論は、賛成派による利点には、見えにくい社会的・経済的影響を伴うと主張する。すなわち、大規模な農地では循環型農業は困難であること、生産から長距離に及ぶ流通まで大きな環境負荷をもたらすこと、生産地と消費地双方の小規模地域農業者を撤退させ集中化を促進するなど、持続可能な社会の実現を妨げる負の側面を伴うことを考える必要があるというものだ。

このような負の側面を考えれば、近くの有機農業で生産された農産物が食卓に占める割合を増やしていく、というのが、より持続可能な選択肢といえる。

ファーマーズマーケットで「近い有機農家から購入」(カリフォルニア、筆者撮影)

●日本社会に暮らす消費者として

では日本に暮らす消費者として、この選択肢をどのように考えることができるのだろうか。日本の有機農業は、比較的長い歴史があるにもかかわらず、欧米ほど市民権を得ているとはいい難い。その理由は複合的であるが、身近に有機農業の存在が感じられないことも一つである。有機農業は、日本の耕地面積の0.5%に過ぎず、有機農産物の取扱団体(産消提携など)に参加していない限り、有機農家と知り合うことも、彼ら・彼女らが育てる農産物に出会うことも少ない。身近になければ、日常的に購入することは難しい。一方で、農業者の間で有機農業に対する興味は高まりつつあり、新規就農者は特に有機農業を希望するという。しかし、志半ばで職業としての有機農業を諦める人の話は珍しくない。また継続していても、販売先が安定せず困難な経営状況にある有機農家も多い。

「近くに有機農業がある」状態にするには、有機農家の近隣の消費者が手軽に購入できる環境を整備する必要がある。そのためには、総合的な食農政策が必要だが、市民にできることもたくさんありそうである。

参考文献
・ Goodman D and Rabkin S (2010) Drew Goodman, Earthbound Farm. UC Santa Cruz Cultivating A Movement,1 May. Santa Cruz, California: UC Santa Cruz.
・ Geisseler D and Horwath WR (2016) Lettuce Production in California. https://apps1.cdfa.ca.gov/FertilizerResearch/docs/Lettuce_Production_CA.pdf

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