どうなる? これからの世界の食料と農業第7回 有機農業「先進地」 カリフォルニアの現状と課題 ~有機スプリングミックスの光と影(2)

2023年08月15日グローバルネット2023年8月号

京都大学大学院 農学研究科 研究員(非常勤)
山本 奈美(やまもと なみ)

前回(連載第5回)紹介したのはカリフォルニア州(以下、加州)の有機スプリングミックス。数十年前までは春の味覚であり、季節の制約を受けていたが、今や、年中スーパーの棚に並ぶ一般的な商品に変化した。この変化を後押ししたのは生産から流通の工業化であり、有機スプリングミックス産業は、工業的有機農業の典型的事例ともいわれる。では、何が問題なのだろうか。今回は、有機農業の工業化がもたらす社会的・経済的影響を、カリフォルニア大学サンタクルーズ校教授のガスマン氏をはじめとする研究者による論考※1を参考に、考察する。

●工業化された工程:生産から収穫、加工まで

まず、工業化された有機スプリングミックス産業とは、どのような状態なのだろうか。公開されている資料※2や動画(カリフォルニア大学農業・自然資源部(以下UCANR)やテイラー・ファームズ)による情報を基に確認してみよう。

スプリングミックスは前回確認したが、アブラナ科、キク科、ヒユ科といった葉野菜の、発芽して30日ほどのベビーリーフである。軟弱野菜であり、非常に慎重な扱いが必要である。

このような特徴にもかかわらず、有機ベビーリーフの生産は驚くほど大規模である。加州モンテレー郡のサリナスバレーのベビーリーフ収穫作業を紹介する動画が映し出すのは、濃い緑や黄緑、ワインレッド色の小さな葉っぱがぎっしりと植えられた1.5メートルほどの畝がどこまでも続く、広大な農地である。果てしなく規則的に敷き詰められた「レッドカーペット」のような多彩な濃度の畝が続く風景は、圧巻である。

そんなベビーリーフの収穫は、午前2時に始まり、一日中続く。夜が明けるまでは、専用ハーベスターがライトで暗がりを照らしながらの収穫作業である。乗用のトラクターと対で走るハーベスターは、ベビーリーフを適切な位置で刈り取ながら畝を走る機械である。ハーベスターが刈り取ったベビーリーフは、刃のすぐ上の平たいベルトコンベヤーで機械上部へと運ばれる。ベルトコンベヤーは目の粗い網になっているので、移動時に葉っぱ以外の小石など異物はすき間から落ちる仕組みである。機械上部で集積されたベビーリーフは、まるで緑色のシャワーのように野菜用採集コンテナに降り注ぎ、まもなくコンテナは満杯になる。コンテナにまんべんなく入るように労働者がベビーリーフをならしたあと、一杯に詰まったコンテナは別のベルトコンベアに乗せられ、ハーベスターからトラクター後部に取り付けられた荷台へと運ばれる。機械のタイプにもよるが、この量の収穫をこなすのに必要な労働者はたった4人。トラクターとハーベスターを運転する2人、トラクターとハーベスター後部に乗り込み、ベビーリーフをならしたり、一杯に詰まったコンテナを積み上げたりという作業を担う2人である。

収穫されたベビーリーフは、洗浄からパック詰めが行われる近隣の加工工場に輸送される。加工工場ではまず、冷却設備にコンテナごと入れて野菜自体の温度を低下させる。鮮度保持のためには、速やかな冷却が重要だからである。その後、加工工場に届いているさまざまな種類のベビーリーフを混ぜ合わせる(農場の1畝ごとに別の種類のベビーリーフを栽培している、あるいは1畝に多種類のベビーリーフを混植するなど、農場で混ぜ合わせが完結する場合もある)。その後、数回の洗浄(「3回洗浄済み」と記載された商品を筆者が加州滞在中によく見かけたことから、3回洗浄が一般的と思われる)、スピン乾燥、パック詰めといった一連の工程が展開される。パック詰めの前に、変色した葉や異物をセンサー選別機で取り除く工程もある。そして、流通の過程で劣化しないよう、酸素を減らし窒素を添加してパック詰めされる。

このように、各工程は高度に機械化されているだけでなく、ベビーリーフの各工程間の移動もベルトコンベヤーであるため、労働力はほぼ不要である。機械化できない限られた作業のみ、おそらく中南米出身であろう、工場労働者が担っている。UCANRの動画によれば、加工工場は華氏36F(摂氏2.2℃)に保たれており、その労働環境は思うより身体にこたえるはずだ。

加工工場に入荷後、これら工程を経て、パック詰めされた状態で出荷されるまでの時間は48時間という。このような加工の工程を経て出荷されたスプリングミックスのシェルフライフは17日であり、生野菜としては非常に長い。どうりでスーパーにパックで山積みにされていたスプリングミックスの小さな葉っぱが、購入後1週間たっても生き生きしているはずである。

●有機農業の「工業化」の問題点

この生産と加工形態の何が問題だろうか。それは、有機農業がもつ環境保全型で持続可能といったイメージに反して、工業化した有機農業ビジネスの集中化が進み、その結果、有機農業が本来もつ持続可能性が疑問視されている点である。詳しく見てみよう。

このような「工業化」した加工ビジネスを展開するのは、テイラー・ファームズ(以下TF)やドールなど一握りの食品加工ビジネス企業である。加州モンテレー郡サリナスに本社を置くTFは、カット野菜、パッケージサラダ、青果物の販売で北アメリカ最大といわれる企業である(BBCは「世界最大」とする)。同社PR動画によれば、米国とカナダのパッケージサラダ消費量の3分の1は同社の製品であり、それを含めて毎週2億4400万食分のサラダを販売する。加えて、毎週1500万ポンド(約7千トン)以上のカット野菜をフードサービス事業者に提供する。「ファームズ(農場)」の名を冠するが、野菜自体は加工施設近隣の生産者から調達し、米国内外で稼働する26の加工施設で多様な商品に加工し、米国全土とメキシコに13の物流拠点を保有し、その物流から販売までロジスティックスを一括管理する企業である。同社は「家族経営」と呼ばれることも多いが、2万人以上を雇用し、数ある生鮮野菜ビジネスの一事業として有機スプリングミックスを販売する大企業である。

では、有機ベビーリーフを大規模に栽培し、TFのようなサラダビジネス企業に販売する生産者とはどのような人々だろうか? 実は彼ら・彼女らは、おそらく日本で一般的に抱かれる「有機農業者」のイメージからかけ離れている。多くは「混合生産者」とも呼ばれる、慣行と有機農場の双方の経営者である。もともと大規模な慣行農場を経営していたところ、近年、急拡大するオーガニック市場と価格プレミアムにビジネスチャンスを見出し、回転が速く収益性の高い作物に特化して農場の一部を有機転換してきた彼らは、農業ビジネス経営者という方が近い。こういった有機農場が「慣行化している」と批判されてきたのは、慣行農場と比較して、大規模化、機械化、移住労働者に依存する、といった側面でほぼ同様の運営形態をもつからである。異なるのは、慣行農法で使用される化学肥料や農薬の代わりに、有機基準で使用可能な投入資材を使用するという点である。こういった大規模有機農業は、「投入資材代替型」「ミニマリスト(最小限主義)」とも呼ばれ、生態系と調和する循環型農業が「高コスト」と避けられ、有機認証で必要な最低限の基準を満たすことが重視されがちである。

このように巨額の設備投資が必然のビジネスでは、小規模有機農家が参入するのは困難である。スプリングミックスの事例では、企業の参入により市場が飽和し、価格が下落した一方で、大腸菌混入などの問題への対策のため、生産経費も設備投資の重要性も増加した。農家が、「市場から撤退するか大規模化するか」の二択を迫られた結果、農場も企業もさらに大規模化し、集中化が進んでいったとされる。これは、有機農業全般に言えることである。もともとは社会運動であったが、企業の参入を受けて工業化かつ慣行化した有機農業の社会的・生態的負荷と影響は「非持続可能」であると指摘されてきた(Guthman 2014など)。

次回は、工業化した有機農業の拡大と消費者の食卓との関係性を、持続可能性の実現という観点から考察するとともに、「有機農業大国」の加州の現状から日本社会が学ぶことも検討したい。

※1 Guthman J (2014) Agrarian Dreams: The Paradox of Organic Farming in California. Second edition. California studies in critical human geography 11. Oakland, California: University of California Press.

※2 Hardesty SD (2014) Spring Mix Case Studies in the Sacramento MSA. In: King RP, Hand MS, and Gomez MI (eds) Growing Local: Case Studies on Local Food Supply Chains. Our sustainable future. Lincoln: University of Nebraska Press.

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